ベームのThe Flute and Flute Playing

5:運指

フルートのサイズやスケールの問題を解決して、次に24のスケールを楽に演奏できる運指を可能にするための機構の開発に取り掛かったベームは、今日まさにベーム式という呼称で知られる機構を作り上げました。下はその図表です。(クリックすると拡大します)





ここでベームが採用したのはオープンシステムというキーの機構で、もともと開いているキーを使うときに指で閉じるというものです。それは「トーンホールをキーで密閉するためのバネはキーを開けておく為だけのバネよりはるかに強いものが求められる」からでありクローズドキーでは「キーの開閉の動きが指の動きと逆になる(指を下ろすとキーが上がる)」ことからもオープンキーであることが望ましいと考えたからでした。
そこで一番力の弱い小指に強いバネが必要なクローズドキーを当てるのはまったく理屈が通らないとしてオープンG#のキーを推進します。また運指が左から右に移動するにつれて音が半音ずつ下がっていくようにと左手親指にブリチアルディキーとは違った独自のキーを取り付けました。
今日最も普及しているベーム式のメカは以上のG#キーと左手親指キーの変更だけですので、いかにベームの開発したメカが完成されたものであるかということがわかります。

pankomedia:
...という説明はベームとしては不本意なものになるのでしょうか?

enokida:
まったく、けしからんですね。そもそもベーム式の最も完成された形はオープンG#のシステムだというべきなので、これ以上にはシンプルに出来ないというところまでベームが作り上げたものをわざわざ退化させたものが現在のクローズドG#のシステムなのですから。

pankomedia
その点においてはベームも力説していますね。

enokida:
そうです。G#のキーというのは一つで良いので二つ開ける必要はまったくないわけです。それをフランスのコシュという人がベームの手柄を横取りしようとして「従来のG#の運指」で吹けるという触れ込みでクローズドG#を推進したらそちらがパリのコンセルヴァトワールで採用されて普及してしまったのです。まあその段階ではドリュスG#といってトーンホールはベーム本来のものが採用されていたのですが、軸が手前にあって使いにくいというのでトーンホールを二つにして今の形になったのです。

pankomedia:
コシュのいう従来の運指というのはベーム式以前の多鍵フルートのG#キーのことですね。

enokida
そう、多鍵式フルートのキーはすべて指でキーを持ち上げるクローズドキーで、それが使いにくかったのをベームがせっかく使いやすいオープンキーに変えてくれたのに、よりによって一番力の弱い指にクローズドキーを用いるのはおかしいでしょう。ベーム式メカニズムの偉大さはまさにこの点、すなわちそれまでは使わないときには閉じられていたキーを「使わないときにはすべて開けておく」という逆転の発想で置き換えたことなのですから。

pankomedia:
それを言うと右手小指のD#キーもオープンにしてC#キーと連動して閉じるようにすれば良かったのではないかと思いますが、D#キーというのは1キーのトラベルソから続くフルートという楽器のいわば基本ともいうべきものでその動きを変えることはベームにも出来なかったんでしょうか。

enokida:
オープンD#といえばマレー式フルートなんてものがありましたね。やっぱり普及しませんでしたが。D#キーは少なくともクローズドである為にトーンホールを一つ増やしたりなどはしていないですから罪は少ないですし、楽器を構える際の支えとして指の置き場所も兼ねていてそちらの利点が大きいですからね。左手親指のキーも音響的には何の違いもないのでベームの主張にこだわる必要はないと思います。しかし、クローズドG#は管の真ん中に音響的には全く不必要なトーンホールが開いているわけでしょう?これは理想を追い求めて多大な努力を払ったベームとしてはまったく妥協できるものではなかった。単に運指の問題ではないんです。たとえばC#トリルキーは余計なものだからいらないという人がいるでしょう?まあ私も別に要らないとは思いますが、あれはベントホールを兼ねている小さなC#トーンホールの負担を軽くするという意味では音響的に一応意味のあるものです。それをまったく意味のないものとして「絶対にいらない」と力説する人が平気でクローズドG#のフルートを吹いてるのは、私にはもう理解できませんね。

pankomedia:
なるほど。そうなると理想と現実、理論と実用というべき話になってきますね。ということは現実としてクローズドG#キーが普及しているということは、それだけそれが実用的だからということではないのでしょうか。

enokida:
それが実用の面でいってもオープンG#のほうが有利なんですよ。運指は1ヶ月も練習すれば間違えることはありませんし、音程も良くてハイEの運指も自然な形で可能になります。裏G#は表G#より高い位置に開けられているでしょう?それでいて表G#は反対に本来の位置より低く開けられていることが多い。あれは管の強度の問題でずらしたんだとか、経験値で音程を改善したんだとか、なんとなくそうしてみたんだとかだとかいろいろ言われてますが、とにかく一つ余計なトーンホールを増やしたが為にG#のトーンホールが本来あるべき理想の位置を失って妥協の産物となったことを意味しているのです。

pankomedia:
「さまよえるG#キー」というわけですね。そうなりますと理想と現実ではなく、理想・理論・実用という3つを併せ持つオープンG#と普及しているという現実を持つクローズドG#という対比になるのでしょうか。

enokida:
本当に。社会の縮図ってものがこんなところにも現れてるということですかね。

pankomedia:
深い話になりました。社会はどうあれフルーティストはそれぞれが個人なわけですから、これから普及するかはともかくとして色んな人がオープンG#に触れる機会が増えていけば良いですね。こういった論争があるということさえ普通には知られていないわけですから。

enokida:
まあ、せっかくここでベームの紹介もしてるわけですから頑張りましょう。




目次へ








boehmflute.com