ベームのThe Flute and Flute Playing

1. 序文


この本はベーム式フルートを開発した動機やいきさつについてのベーム自身の独白から始まります。その最初の部分を抜粋しますと、
「...金細工職人であり、優秀な機械工でもあった私をしてもフルートの根本的な改良、すなわち均質な音質と完全な音程という問題を解決するということは困難であった。なぜなら適切なところに開けられたトーンホールは間隔が広すぎて指で塞ぐことが出来なかったからである... トーンホールを正しい大きさで正しい位置に開けるというこの試みは私を全く新しいシステムによるフルートの開発へと導いた。同時にそれはそれまで20年をかけて私が獲得したフルート演奏の技術を完全に犠牲にする賭けでもあったのだ。」

pankomedia:
...とまあ、意訳ですがこんなことが書いてあります。それまでは1キーフルートに始まり、8キーなどの古典的なフルート演奏家として活動していた人がそのキャリアを全て投げ飛ばして全く新しい楽器の開発に取りかかる。ちょっと今日では考えられませんね。

enokida:
今日ではベーム式しか吹いたことない人がトラベルソの演奏に取りかかると非常な困難を伴うわけだけど、それでも楽器や運指法という過去の資料が既にハッキリあるものを読み解いて練習するだけなのでそれほどの覚悟がいるというわけではありませんが、ベームの場合は全く未知のものの為にそれまでのすべてを犠牲にするという決断をしたわけですから余程はっきりとしたビジョンがあったわけだ。こうあらねばならない、というね。

pankomedia:
そのベーム式の開発に着手する以前からも新しいバネや内管や"動く金の歌口”など、古いシステムの範疇ではありましたが精力的にフルートの開発をしています。

enokida:
そう、1831年にはベーム式の最初期段階のフルートを持ってイギリスに行くわけだけど、そこでニコルソンの演奏を聴いてノックアウトされてしまった。音程は自分の楽器の方がいいけれどニコルソンのフルートが持つ音量にはどうしても勝てなかったと述懐している。それがきっかけで1832システムのベームフルートを開発したわけで、これが今に続くベーム式フルートの歴史の始まりとなった。

pankomedia:
「これ(1832システム)によって全て組み合わせの音階を自由自在に吹けるようになった。」とベームは言います。しかしすぐに「高音と低音域の音量と音質において更なる改良が不可欠で、それには楽器の内径を一新する必要があった」として円筒管フルートの開発に着手します。
「デンナーに始まりクヴァンツやトロムリッツなどによって改良されて来た円筒頭部管と逆円錐の下部管という組み合わせは古来の原始的なフルートからトーンホールの位置を移し替えただけのもので、音響学的は何らの改良もされて来なかった。数々の円錐管を持つ楽器郡の中でなぜフルートという楽器だけが内径の一番大きなところで吹かなければいけないのか、私には不思議でならなかった。普通に考えれば空気柱が短くなればなるほど管の内径は小さくなるべきではないのか」

enokida:
そう。なぜなら音の高い楽器ほど管は細くなるのが普通だから。それはピッコロとフルートの関係を考えてもすぐに分かる。

pankomedia:
それでベームも色々な管体を作って試してみたけれど、それらの実験による経験値だけでは良い結果を導きだすまでにはいかなかったと書いています。

enokida:
そこで音響学に詳しいシャフホイトル博士の登場というわけだ。

pankomedia:
このDr. Schafhäutlという人について、今日ではほとんど語られることがありません。

enokida:
今のベーム式フルートが誕生する過程において無くてはならなかった人なのに、まったくおかしな話ですね。

pankomedia:
ともかくのその博士による様々な助言があったおかげで実験が良い方向に進み、1847年にやっと今の円筒管フルートの基礎が出来上がったということです。最初のベーム式の運指によるフルートが開発されて15年、この期間のベームの努力が無ければ今のフルートというものは全くその道筋が違っていたわけです。

enokida:
とにかく、ベームの業績に関してはもっともっと語られてしかるべきですよ。本当に偉大な人であったのだから。

pankomedia:
それでは第二章にうつりましょう。


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